前向き後ろ向き・言葉と心

よく 「言葉には魂が宿る」 と言う意味で言霊という言葉が使われていますが、 それを意識せずに、言葉を使う人が多い気がします。 言葉を丁寧に話す人、投げやりに話す人…。 言葉を発する時に、ポジティブなことを言うのか、ネガティブなことを言うのか、 自分のことを思っているのか、いないのか、 相手のことを思っているのか、いないのか。。。 最近市原悦子さん(女優)が亡くなったことで、追悼番組が良く放送されていたのですが、 日本昔話というアニメの声優をやっていた時の声色の話をしていました。 司会者:「ものすごい声色が色々ありますが、あれはどのように設定しているのでしょうか?」 市原:「自分では思いもよらないキャラクターの時もありますが、    身の回りのいろんな人をイメージしてみたり、    そのキャラクター(物)に思いを馳せてみると、自然にその思いの声色が出てくるのです」 音には、言葉の意味だけではなく、感情や色々な情報が乗るように思います。 小さいのか、大きいのか、弱々しいのか、剛力なのか、古いのか、新しいのか、痩せか、太っちょか、女性なのか、男性なのか等々。 自分で言うのもなんですが、楽器を習っていたので俗に言う「耳がいい」方で、 音の状況(ニュアンス)に対してものすごく敏感です。 その昔声優になりたいと思っていた時期もあり、そのキャラクターのイメージに合わない声優さんがいると、残念な気持ちになったり、うまい役者さんがいると他の役の時にはどんな声になるんだろう!と楽しみにしたものです。 それは、落語のそれとも似ているかもしれません。 音だけで、その人物、キャラクター、性格、体格等、私たちにイメージを伝えなければいけません。 音楽の調べとも似ている気がします。音の表現とは、本当にすごいと思います。 そして、無意識に使う自身の言葉は、言い続けると 「定着」 するように思います。 それは潜在意識?とでも言うのでしょうか。。。 一言、嘘でも 「やれる!」 と言える人と、 「私は絶対できない」という人。 「私なりに頑張っている。(けれど、それ以上はできない)」みたいな。 やれること、やれないことは色々な制限があるので、一概に「絶対できる!」とは言えませんが、 ほんのちょっとしたことに制限を加える人は、その言葉の威力=心(思考)の威力に無頓着なのではないかと思います。 使う言葉を意識すると、自分の傾向と対策にも意識が向くのではないでしょうか? 変わりたいと思っている人ならなおさら気にしてみるといいのではないでしょうか? (プライドの高い人はネガティブ傾向が多い気もするw プライドなんざ裏のドブに捨てちまいな!W) あと、必要以上にポジティブなこと言う人も、要注意! ネガティブに蓋してます。 そして怖いから、ちらちら見えてるから、その祟り神様! wwwww チャンチャン。

理想の夢が見つかったけれども…

ただいま「アナスタシア」シリーズなる本を読んでいます。 もっか今出版されている全7巻の5巻めに突入中。 なぜこの本にたどり着いたかと言いますと、 物件購入した土地が下水がなく、浄化槽なるものをつけなくてはならず、 仕組みを見れば見るほど どうしたらもっと自然に優しいものがあるのだろう? と探していたところ、工務店さんが教えてくれた細菌を使った最新の浄化システムがあったので、そのホームページを読み込んでいたところ、謎の文字ロシアのアナスタシアが出てきたのです。 なんじゃ? ロシアのアナスタシアって ??? と、ネットの海をダイブしたところ、出てきました。 本。 アナスタシアが語ることを、アナスタシアと出会ったロシアのおじさまが書いています。 一応ノンフィクションなのに、フィクション?と見まごう内容でありつつ、 今の今まで「不自然だよなこの世の中」と思っていたことに確信が持てるようになった。 話せば長いし、まだ本も読んでいる最中の道の途中。。。。w にて、もうちょっと読み進めてからおすすめしたいのですが。 とりあえず本当に私としては、目から鱗の、ハウツー本でした。 スピリチュアルの勉強をしていた時にも、そのサイキックな先生がロシアで受けたサイキックの学校の話だったり、ロシアの科学研究が紐解くかなりキテレツなトンデモ話も聞いていたので、あながちこりゃまじかもなぁと興味津々なロシアの素敵話が綴られます。 その中でも、「一族の土地」なるものがあるのですが、 現代はお金のシステムの中で暮らしているのですが、どんどん生活の中での便利は増えているものの、一つも心が豊かじゃないのはなんでだろう?と思いますよね。 父や母が子供のために木を植え、家を立て、野菜を育てるための1ha(ヘクタール)の土地を丁寧に育めば、そこは、生きることに不安のない一族のシェルターになる。 それが、都会にいる一つ一つの家族に起これば、それは、飢えることで誰かを傷つけることも、奪うこともない平和のサイクルが始まる。的な内容。 といって、この下りはこんな単純な言い回しではすべてが説明できるはずもなく。 少しなりとも興味がある方は読んでみてほしいです。 夢を描くこと、願うこと。それは、そこにそのものが存在する創造の力になる。 そこに核兵器があるのも、原子力発電所があるのも、そこに誰かが「あれ!」と願ったからだ。 願うことの力は小さいけれど、それが集まれば大きな願いとなる。 そんな中で、自分がこれからどう生きていくかの? と、考えた時。 確かに不安のない場所、生きるのに、食べるのに、困らない場所があること がとても重要なのだとすると、まずは自分が震源地として 「一族の土地」の小さな願いになればいいのでは? と、思ったのでした。 お金がないとできない。 と、本の中でもなんども本の著者、メグレさん(ロシアのおじさん)が否定する(このおじさんは否定しまくる現実派)のですが、要は時間と手間を惜しまなければ、そしてそれがメンテナンスを必要としない自然の営みの中のサイクルが正しく機能すれば、より一層強く楽に、回っていくことに気づいていくのです。 私たちが自然の営みをぶった切ってきたこと、自然のサイクルを破壊してきたことでいろんなマイナス面を生んできたことを理解しなければ、何も始まらない。 確かに、ほっといてもうまいこと自然が回っていれば、食べられそうなものは生えるのです。 現に、私はニラが好きで、「植えたらごっそり食べられる」と目論んでプランターで植えたものの、何かの加減が悪く、硬い葉っぱで食べられたものではなく、そのまま食べずにほっておいたところ、花が咲き、種ができて、それから何年もベランダの絶妙な、水の流れる先に溜まった土やコンクリートの隙間や、隣のプランターでものすごく美味しそうな葉っぱを生やしておりますw 私が植えた時よりもそれはそれは、美味しそうです。 自然のサイクルの中で、私たちが寄り添って、人と人が寄り添って生きられるところ。 こんな夢を今歩き始めましたが、まだちょっとメグレのおじさま気分が抜けず。 お金大丈夫かなぁ〜とか、ダメだったらどうしよう…とか、結構ネガティブに振り回されますが、 周りの人たちも巻き込みつつ。 夢実現をふらふらと漂っております。 アナスタシアありがとう。(まだ読んでる途中w)

ゴミ問題

中古物件を掃除しているのですが、これがなかなか厄介。 ゴミを出すこと自体を推奨していない地域なので、粗大ゴミをドンジャン捨てていたり、燃えるゴミですといってなんでも燃やしてしまえる都心とは違い、結構出せるものも限られています。 極力ゴミを出さない生活をと考えると、今の世の中の矛盾が出てきます。 生ゴミだって庭に埋めていただろうし、糞尿問題も「肥溜め」があって、再利用されていた。 テレビでスターバックスがストローを無くす!と宣言しているのを見た。 だからと言って、すべてのプラスチックから撤退したわけでもなく(売名行為?)、消費社会の中で便利という名の下に私たちが地球を汚す手伝いをしているとしか思えない。 コンビニで売っているペットボトルも然り。 いつも思う。 ペットボトルの中身、量り売りにしてくれないかなぁ… パッケージも然り。 中身だけでいいんだけどね なんでこんなにパッケージが多いんだろう…。(便利だし、綺麗だしね) 一週間でゴミ箱が満杯になるそのほとんどが、何かを包んでいたものだ。 昔は、お母さんたちが買い物かごを片手に八百屋さんや魚屋さんで買ったものは新聞紙とか紙袋に包んでくれてた気がします。 ビニールゴミが増えたのかしら、やっぱり。 私は犬の散歩の時にビニール袋を使うのでカバンの中にいつも忍ばせているのですが、 買い物の時に「袋いりません!」と便利に使えています。 最近のビニール袋はうす〜くなってすぐ破れてしまうのですが、昔の丈夫なビニール袋は何度でも使えるので折りたたんでカバンに入れておくのにぴったりです。 下手におしゃれな買い物袋だとかさばるのでとっても便利。 カバンに一つ、使用済みビニール袋でございます。 ゴミ問題は、スーパーも、コンビニもデパートもなくなって、便利なファーストフードもなくなって、 「便利」を捨てれば解決すること なんですけどねw (某ネット熱帯雨林とかもw)

納得の答え「家族とは」

またも、テレビ話ですがw 内田春菊さんが、自身が人工肛門になったその後のいろいろを話していた。 もとより、自身の生い立ちがかなり過激な方なので(DVとか)、 漫画を読むたびに「良いな」と「おいおい」が交互に顔を出す感じの内容だったのを覚えている。 で、そのお子様たちがインタビューにでてらしたのですが、 これがまた素晴らしいお子様たち。 春菊さんをみんな「かあちゃん」と呼んでいるのですが、 そのかあちゃんの色々な体験談を共有し、さらには自分達でその答えを考え消化している感じがした。 春菊さんちの家族像。 家は「エネルギーを蓄えるところ」 「何かあった時に逃げられるところ」 と言っていた。 そして、家族の中で守っていること ・謝る ・感謝する ・声を掛け合う があるそうです。 これ、当たり前で当たり前じゃない。 私の知り合いでもDV経験者はいるのですが、すごく自分自身を模索している方が多かった。 不思議なもので、DV経験者は同じような家族を形成することが多い。 でも、その負の連鎖を断ち切れた方達は、とても素晴らしい関係の家族を作られている。 もし、自分の家族の誰かを憎んだり、殺意を抱くようなことがあるのであれば、それはもしかしたら自分自身のものだけではない、ずっと面々と繋がれてきた「遺伝」なのではないだろうか? 意図して自分の中でその答えや回答に辿り着かなければ、問題は次の世代に引き継がれるのでは? 生きるって、苦しんでつかむこともあるけど、楽しむってことも残っているんだと思う。 当たり前の「家族」って、リーダーが必要だし、そのリーダーが理屈をわかってないと成り立たないのね。 そして、家族の中でも「相性」というものもあるから、家族の中で「分け隔てがある」と、思うのは、それぞれ「ジャンル」や「担当」があるのよね。と、春菊さんは言っていた。 だから、「あの内容の時はこの子」。 「この内容の時はあの子」って、分担があるから、分け隔てなく愛するとか思わなくって良い。 それぞれに得意分野があるから。って。 そらそうと、病気をした春菊さんがはまって(病気の前から?)読んでいたのが「遺伝」関連の本だそうな。 私も人間ってなんぞや?って思ってからいろんな方面を紐といていった中に「遺伝」ありました。 興味を持って調べていくと、いろんなところで繋がってて面白いですね。

電気の話1(WAVの話)

何かと身の回りで電気を使わないものはない。 思った以上に電気に頼っている昨今。 でも、意外にその詳細を分かってなかった!と、痛感中。 V(ボルト)=電圧(電気を押し出す力) A(アンペア)=電流(電気の流れる量) W(ワット)=電力(実際に消費される電気エネルギー) で、ナンノコッチャ?です 普段使ってる電気家電なぞ気にしたことなかった…。 というのも、電気をお家に引き込む際にA(アンペア)を指定しなければならず、 電気配線計画なるものを考えなければならなくなったからです。 消費電力1000Wのドライヤーを100Vの電圧で使う場合、A(アンペア)は… 1000(W)÷100(V)=10(A) ドライヤーと他の電気機器を使う時に、全体で10Aプラス他の電気機器の使うアンペアがプラスされる。でも、それだけじゃなくて、電力は100%の状態で使えるわけじゃなくて、VA(力率)というその電力を有効に使えるかという値を負荷して正式なワット数となる…。 エネルギー問題で、発電とか太陽光とか気にはなっているものの、そんな根本的なことすら分かってなかった…。 ちなみによく請求書に書いてある「使用電力量」は W×H(時間)=Wh(消費電力量) で、100Wの家電を1時間使用すれば、100W×1h=100Wh 10時間使用すれば100W×10h=1000Wh=1kWh となるw まだまだあるよ。 直流だの交流だの、ヘルツだの。 直流は要はずっとプラス方向に流れ続ける電流で、交流はプラスとマイナスを行ったり来たりする電流(どんなの?)だとか。 なんのことだ? で、突き詰めるとそこから始まる電気家電w 理屈を知らないとどうにも腑に落ちない。 困ったものです。 生活に深く結びついておりながら、全然知らなかったよ…色々。 電気=電子の流れ 導体(電気を通し易い物質) 絶縁体(電気を通しにくい物質) 1Aの電流は、1÷電荷(1.6×10-19Q(クローン))だそうだ。 室内の電気配線を考えようと思っていたら、ここから始まる私W 先は長いW

トイレ問題

これから住む所は、とても水の綺麗な所です。 ですが、下水道とかが通っていない所なので、 漏れなく合併浄化槽なるものを取り付けると思われるのですが、 自分達が生きる上で出てしまう汚水の処理って、都会にいると下水で処理してくれるから何気なく流して終わりにしてしまっている問題なんですが、意外に深刻だなと思いました。 水を綺麗にしてくれているのは誰? そう。「自然です」。 合併浄化槽とはいえ、その先は自分たちの水に影響を与えるのです。 (ちなみに浄化槽とは微生物で強制的に水を綺麗にして水を流すシステム) 自然の浄化作用を超えて汚水を流せば、その汚水を自分が飲むことになるのです。 ハワイに行った時に、飛行機の中で「ジャングル水」なるものが機内で出てきました。 一応熱殺菌はされていたようですが、その水は「雨水」だと書いてありました。 都会の雨水、飲めます? 飲めませんよね。 どんどん私たちは自分の手で飲めない水を増やしているのです。 おお怖い。 トイレ問題。 これからどうなることやらですが、自然に優しい暮らしの幕開けということは間違いないですw
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